心の中は真っ黒なのに、自分の黒さを隠しているあなたとの時間は
なんだか重たくてしんどかったです。
あなたが好きな「投影の法則」や心理学で「そう感じる自分」「身近な人への感情」があるのだとしたら
自分の母親のどこかしらに覚えた苦痛が、あなたの何かと重なっていたのかもしれません。
それは
日頃の姿と、自分と他人に「ウソ」をついている言動に対する不信感なのかもしれません。
人生の節目で訪れる大切な決断を、信仰する教祖や占い師に委ねてしまう依存心の強さと自尊心の低さへの苛立ちなのかもしれません。
自己と家族に対する信頼を築く努力より、他人を優先する事への軽蔑なのかもしれません。
日々の生活を楽しんでいなさそうだった事への哀しさなのかもしれません。
どこかの他人や遠い地の平和の為に注ぐ愛やお金を、子供を育む為、守る為に使ってほしかった寂しさなのかもしれません。
愛のある平和な世界を望んでいたわりに、争いの気持ちを引き起こす言動が多かった矛盾への怒りなのかもしれません。
いつも誰かや何かを悪者にして上下優劣を作り出す選民思想への反発心なのかもしれません。
そういう自分の黒さ、人間の弱さを認めようとしない、傲慢さへの嫌悪感なのかもしれません。
伝えても、伝わらない、感情を受け入れてもらえない事への無力感を感じてしまうからなのかもしれません。
ところで
あなたは知っていますか?
綺麗事もそんなに言わないかわりに日頃からウソが少ない生き方している人って、とてもシンプルです。
どっちがいいか悪いかの話ではありません。
ただ、あなたが下に見ているであろう「成功者でも有名人でもない人」「目覚めていなさそう(に見える)人」の中にも、それなりに満たされた生活を送っている人って、けっこう多いんですよ。
完璧で素敵な非の打ちどころがない生活というより、人間らしい自然体な生活です。
愚痴も弱音も吐くし特段キラキラしているわけでもないけれど、心は健全で自由です。
纏っている空気感、醸し出している雰囲気、会話がサラッとしているというか。
他人を支配しない謙虚さがあります。
綺麗事って、言動一致させないと気持ち悪い感じになるんですよね。
会話もドロっとした重たい気持ちが乗ってしまうし、押し付けるほどに争いごとも多くなる。
綺麗事を言うことが悪いのではないけれど
大人の綺麗事は、責任と自由を重く考える方がいいんでしょうね。
自己顕示欲を満たすためなのか、なにかを想っての言動なのか。
自分と向き合う誠実さが問われるのだと思います。
あなたに育てられた反動なのか、冷静だった父に似たのかは分かりませんが
感情的な人、支配的な人は今でも苦手です。
でも感情を出すことが悪い事ではないという事がようやく中年過ぎて分かってきました。
出さなきゃ自分が病みますからね。
我慢した嫌な気持ちが強すぎて、感情を悪者にしていましたよ。
案外、女性が感情的になるのって自然なことであり、吐き出せる場があるのは幸せなことなのかもしれませんね。
といっても、自分の機嫌を自分で取れること、感情のコントロールができることが前提なので、むやみに感情を煽るコントロールフリークとは付き合いませんが。
あなたと私の幸せの形はきっと違うんだろうと思いますが、
あなたが見ていなかった日々の中にも小さな幸せはいっぱいあったんではないかと思います。
見栄っ張りなところがあったあなたは、一歩外に出るとニコニコ笑顔で幸せなフリが得意で、でも家の中ではしょっちゅう心ここにあらず。
しかめっ面をしながら家事をしている事が多かったですね。
子育ても、あんまり楽しくなかったんでしょう。
傍から見たら、そんなに不自由のない暮らしをしていたと思いますけど、あなたの心は自由だったのでしょうか。
その時代の価値観で世間体を気にしながら枠に押し込めて生きるのは、しんどかっただろうと思います。
同じ血が流れている自分も、まぁ気持ちはわからなくもないです。
病みやすい中年女性って、何かと色々な罠にハマりやすいんでしょうね。
あなたみたいにはなるまいと思っていた私がまさか、あなたと同じく依存の罠にハマりかけた経験がありました。
あの時は自分の主体性がかなり失われていたな、と思います。
自分を疎かにして誰かを優先させてばかりの人は、母性が間違った方向に行かないよう愛情の行方に気をつけなければなりませんね。
時代は変わり、今は女性も昔に比べたらだいぶ自由になりました。
多様性の時代です。
自由な選択肢が増える分だけ迷える事も増えますが、
世間体や誰かの思惑に振り回されるのではなく、自分の女性としての尊厳を大切にできる生き方もどんどん増えていくといいなと思います。
幸せの形は人それぞれなので、結婚、出産、イコール女の幸せ、とも言い切れません。
幸せって、なんなんでしょうかね。
答えは自分にしかわからないのかもしれません。
(終わり)